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引退!圧倒的感謝...! (松村)

はじめまして。4回生の松村です。

最初に、大阪公立大学がこの前の秋季団体戦にて、無事A級に残留できたこと、本当にうれしく思います。皆様、お疲れさまでした!!!

この度は将棋部を引退するとのことで、将棋初心者だった僕の4年間について振り返ってみようと思います。将棋部に入部した頃は将棋についての知識もほとんどなくて、お遊びで指していた私ですが、将棋部で4年間過ごしてみて、将棋が一つの趣味になりました。大学に入って何か新しいことを始めてみたい!と思っている方へ何か参考になれば幸いです。

僕は入部した1回生のときは全然将棋について知らなくて、受験勉強の合間に友達と雑談しながら指していたぐらいで、かろうじて棒銀について少し知っていた程度でした。大学入学後、これといってやりたいこともなく、何の部活に入ろうかと、多くの部活動やサークルを見学させていただきました。中高と将棋部がなかったもので、将棋部ってどんなところなんやろと興味本位で見学に行ったところ、将棋を指している人があまりおらず、スイッチのスマブラをしていて「あれ?ここ将棋部だよね?」一瞬戸惑いました。部室に入ってみると脚がついているタイプの将棋盤を初めて見て、若干感動しました笑。ちゃんと盤で指したのはかなり久しぶりで思いのほか楽しかったことと、部室の雰囲気が好きだったので、将棋部に入部させていただきました。

1回生のGW1回生同士で遊びに行き、(たしか梅田でボウリングだったかな?夕食を食べている中で将棋ウォーズというアプリの存在を知りました。やっている同期たちはプロフィールを見せ合って、私にはちんぷんかんぷんでしたが、何段や何級でどの戦法が得意かみたいな話をしていました。アプリで将棋を指してみようと、ウォーズを始めたのはその辺りだったように思います。 (確認したところ、その年の5/2に最初の棋譜がありました。見返してみると振り飛車をしていて、初々しくてかわいかったです。ウォーズのシステム的に最初のときは勝つと段級位が上がるのですが、そこで4級まで上がり、相手も強くなってきて対局であまり勝つことができなくなってきました。そこで、同回の八杉に嬉野流という当時YouTube界隈で流行っていた戦法を教えていただきました。1回生の中で棋力が頭一つ二つ抜き出ていた彼が、無理やり自分の土俵で戦うことができると部室で教えてくれたのを今でも覚えています。それからは嬉野流に絞り、本も買って勉強したり、YouTubeを見たりと嬉野流をしまくった結果、10月ごろに2級まで上がることができました。当時府立大学は団体戦でB級に所属していましたが、1回生のときは一度だけ団体戦に出場させていただきました。大学将棋の初対局はもちろん嬉野流で相手は苦手な三間飛車でした。初の公式戦で大真面目に嬉野流を使うのは今思えばだいぶ狂っていますが、対局中での駆け引き、緊迫感が楽しく、いい思い出です。

それからというもの、だんだん将棋を指すのが楽しくなり、嬉野流というのはほとんど序盤がワンパターンで他の戦法もやってみたいと思うようになり、居飛車をやりたかったので、角換わりと居飛車穴熊の勉強も始めました。その時期ぐらいにコロナが流行し始めてじっくりと序盤の定跡や詰将棋といった、一人で将棋をする時間が長かったように思います。(逆に対面で対局することがほとんどなかったので、根詰めると精神的にきついのでほどほどですが。嬉野流の頻度も下がっていって、2回生の夏ごろに1級、3回生の夏に初段に上がることができました。この前のクリスマスに3切れですが二段へ昇段できました。11月末の二軍戦が私の大学生として最後の大会でしたので、1カ月ほど通学中に寄せの手筋を何周もしていましたが、その結果が一応、形として表れたのかなと昇段の画面が出てきて自室でガッツポーズしていました。

2軍戦は課題が多く見えた一日でした。同じ高校出身のメンツ3人で団体戦に出るのは最初で最後で団結力ではどこにも負けてはいないと思っているのですが、チーム全体としては23敗で少し悔いの残る内容でした。

個人的に趣味については熱しやすく冷めやすい性格だと思っているのですが、実力がついてくる度に足りないものがすこしずつ見えてきて、部活は引退という形になりましたが、将棋自体は続けていきたいと思っています。


最後に、切磋琢磨してくださった、同期や先輩後輩方、将棋を楽しむことのできた環境へは感謝しかないです。ありがとうございました!!

 

 

部長八杉、引退と4年間の振り返り!!

2022/12/27
皆さん、初めまして!
今年1年間、将棋部の部長を務めさせて頂きました、大阪府立大学4年の八杉と申し上げます。
大阪府立大学将棋部と大阪市立大学将棋部の統合に立ち会えた事、強い同輩や後輩と共にA級に昇級し、その上残留できた事、誇りに思っています。
改めまして、大阪公立大学将棋部の皆さん、1年間ありがとうございました。
また、大阪府立大学将棋部時代には松田先輩や三谷先輩をはじめ、先輩方には本当に良くしていただきました。心から感謝しております。
この度は将棋部の引退ということで4年間の振り返りをブログとして残すこととなりました。
最後に現役部員の皆さん、府大や市大OBの皆さんに私の4年間を知ってもらえるよう、また10年後20年後に私自身が見返して「懐かしかったな」と記憶が蘇るよう、ポイントを絞りつつ丁寧に書き残していこうと思います。
よろしくお願いいたします。

2019年4月!!
私は大阪府立大学工学域中期日程に合格、機械系学類に入学し、将棋部に入部しました。
中学高校の時から将棋は超絶好きだったものの陸上競技部だったので、大学将棋部への入部は夢でした!!
漫画の「ちはやふる」が好きだったので、「"ちはやふる"ような想いを込めた団体戦がしたい!」そんな希望を抱いていました。
そんな1年目は大学将棋のレベルの高さを痛感しました。私自身は春秋の一軍戦と入れ替え戦を合わせて7勝5敗!やっとの勝ち越しでした...
チームは何とか春秋ともにB級残留を決めました。
部活動では、当時部内最強のO先輩には1局だけ教えて頂きましたが、全く歯が立ちませんでした。また、当時部長のM先輩には沢山教えて頂き、勝率2~3割ほどでした。先輩方に負ける度に”もっと強くならないといけない”と思わせて頂き、より将棋の勉強に励むこととなりました。
強いチームとは言えないですが、とても充実していた1年でした。

2020年4月!!
念願だった航空宇宙工学課程に配属!!(でも来るべき場所じゃなかった笑)
また、コロナ時代が到来し、大学将棋もオンラインがメインになりました。
この1年間は正直退屈でした...
春の団体戦は中止、秋のみでした。
家でオンライン授業を受ける日々、そもそも大学に行かないので部活とも疎遠になりました。
そんな中、オンラインで開催された秋の団体戦と入れ替え戦の個人成績は5勝1敗で、意外と棋力は少しずつ上がってきました。
でも、何か物足りない...
「オンライン対局はつまらないな~」そんな1年でした。

2021年4月
同じく春の団体戦は中止、秋のみとなりました。
将棋俱楽部24のレートは四段(2200)に到達し、少し頼りないながらも大学のエースらしくなってきたかな?
そんな中、秋の団体戦でついに念願のA級昇級のチャンスが訪れました!
最終局面ですが、大阪府立大学は残り1試合を残して3勝1敗でB級で首位を走っていました。また、私自身は4連勝していて、調子よし、エースらしい働きができていました。
しかし、最後の一戦である大阪市立大学に3-4で敗北し、A級昇級を逃しました。後の後輩になる三原君にエース対決で敗れたことがチームの直接の敗因となりました。
非常に思い出深く、苦い一戦、今でも鮮明に覚えています。
同輩や後輩は頼もしくチームは強かった、ただエースの力が不足していた。一つ言い訳できるなら、困った時に頼れる先輩がいなかった。
だからこそ、「来年、私は後輩にとって強く頼もしい先輩にならないといけない」と思った1年でした。

2022年4月
大阪公立大学の部長をさせて頂くことになりました。
幸運ながら府大将棋部と市大将棋部の統合に立ち会える事になり、この1年間が大学4年間で、いや人生で1番将棋に熱中していたと思います。
何と言ってもあの強い三原君をはじめとして粒ぞろいの市大将棋部が仲間になり、府大将棋部も後輩が強くなってきて、さらに気づいたら同輩の清には棋力で並ばれていました笑
私はエースではないですが、部長としてこの強いチームが100%の力を発揮出来るようにまとめ上げる事が使命であると認識し、部内での交流会や他大学との対抗戦、忘年会や合宿、そして団体戦へ向けた練習と作戦会議、色んなことに一生懸命に取り組みました。
とはいえ、統合がネックで何をするにしても前例がない上に手続きは大変でしたが、使命感があったので何とかやり遂げることができました!!
部活動の方向性で困っていた時、いつでも相談に乗ってくれた清や副部長の三原君には感謝しかないですね!
会計の佐敷君、楢原君もありがとうございました。

さて、今年度は将棋部にとっても私自身にも飛躍的な1年になりました。
6月の春団体ではB級全勝優勝、7月の第二代表決定戦では大阪大学を破り西日本大会出場権の獲得、8月の西日本大会では6位(8チーム中)、11月の秋団体ではA級残留を決めました!!
その激闘の記憶は他のブログもご覧ください。
私個人の団体戦成績は春秋の一軍戦と入れ替え戦を合わせて6勝7敗と4年間で初めて負け越しましたが、これまで戦ってきた相手より1枚も2枚も強い方々相手に堂々たる結果を残す事ができたと今は胸を張っています。

さて、秋団体2日目のエピソードです。この日は私の大学団体戦の最後だったのでとても印象に残っています。
その先週の秋団体1日目には波乱が起こりました。A級で2勝をあげて4位以上を目指しつつ、機会を伺いながらレギュラー14名の全員出場が私のプランでした。しかし、1日目終了時点で全敗の大学が無く、勝ち点争いを余儀なくされる展開になってしまいました。つまり、レギュラー14名全員の出場機会を伺うことは実質不可能となってしまったのです。それでも私は理想にこだわっていました。何とか後輩を1試合でも出場してあげつつも残留を果たす策がないのか考えて続けていたのです。
しかし、2日目の前夜に後輩から異議が出ました。
「全員が出場して全員が楽しんで帰る事」と「勝ちにこそ一番こだわるべきである事」、どちらの方が大事なのか?私が4年間で部活動のあるべき姿について1番考えさせられた瞬間でした。そして、徹底的に議論が行われました。普通ならば最終的には私が方針を決めるべき所でしたが、後輩に結論を委ねることを決断しました。この秋団体でA級に残留したいという思いは私よりも後輩の方が強いという事に気づいたからです。彼らは来年も団体戦を行うのに対し、私はこれで最後なのです。残留を決めて有終の美を飾りたいという意味で私も勝ちには当然こだわっていましたが、どこか甘さがあるなと自分でも感じていたので、決断しました。去年の秋団体の事もありますし、後輩の意見を汲む事が最優先だと思ったのです。
そして、後輩は最終的に答えを導き出しました。
出場できない人も出てくるけど今のベストメンバーで行こう!!
そして、残留して14人全員で写真を撮ろうと!!
結果、私たちはA級に残留することができ、14人全員で笑顔で写真を撮る事ができました。
私はこの日、14人揃った事に驚きましたし、本当に部活らしくなったなと感じました!試合に出る予定がない部員も棋譜収集やSNS投稿などで大活躍し、まさに全員で勝利を勝ち取ったのです!
この秋団体をやり遂げた2日目の帰り道、鳥貴族での”お疲れさまでした会”は最高の気分でした!
私自身、人生で最大最高の瞬間だったかもしれません。
最後に後輩には花を持たせて頂き、感謝しております。

そして年末には忘年会を開催し、着実に次世代にバトンを渡すフェイズに入りました。
彼らならきっと来年は今年以上に良い戦いをしてくれる事を確信しています。
陰ながら、応援しています📣

またこの1年、記憶に鮮明に残っている対局が2局あります。
それは第二代表決定戦の2試合目でのvsMさん(京大)、西日本大会でのvsYさん(関西九州選抜)です。
Mさんは京大で5本の指に入る実力者で公式戦でも好成績を収めています。Yさんは九州地区の個人戦で2度の準優勝を収めている実力者です。つまり、無名の私にとっては2枚も3枚も格上の方です。
そんな方に偶然でも勝てたという事に興奮が収まらず、大学4年間将棋を続けてきて良かったなと感じる瞬間となりました。
この二局はブログに棋譜と感想を残したいと思います。

またこの1年、記憶に鮮明に残っている大会は7月の第二代表決定戦です。
1試合目の大阪大学戦では、チームは3-2でなんと勝ってしまったのです。ちなみに大阪大学には西日本大会、秋団体では大敗しています。これは乱数というもので5回に1回を引いた感じでしょうか?
「まぐれがそんなに嬉しいか?」決してそういう訳ではありません。肝心なのはその内容です。
大阪大学戦の最終局面、チームは2-1でリード、三原&松本コンビがなんと阪大の5強を相手に風穴を開け、残るは2戦!
そして残っているのは4年の私と清。
清とはこの1年間、戦友みたいなもんで私と2人で同時に試合に出れば、最低でもどちらかは必ず勝つ。また、彼の将棋は勝敗への執着が棋譜に出てるし、彼独特の感性が私にとって新鮮でめっちゃ好きなんです!!
さて、私は2回ほどかな?阪大のエースさん相手にチャンスがあったみたいですが、生かせずに負け。いや、相手の方めっちゃ強かった!感想戦無口ですみませんでした。
相手に日和って指し手が消極的になってしまったのは良くなかったと思います。(将棋あるあるですけどね笑)
そして、私が負けたことで2-2になり、残るは清の一戦!!
なんとこの将棋、清が殴られまくってドロドロの中、なんかでも死神になって、不死鳥のごとく生き続けて、逆転した1局なんです。詳しくは彼がブログで書くと思いますので是非ご覧下さい。
そんで、私が見たころには優勢で、まもなく3-2で勝ちが決まりました。
何かすごいものを見ました!!
「大学4年間で一番好きな棋譜は?」と問われると私は自分自身の棋譜ではなく、清のこの1局と答えます。

2戦目の京都大学戦は勝てば全国大会で、1戦目で負けた私にはまたとない挽回のチャンス!
頭の中は三原&松本コンビの何か奇跡を起こしてくれそうな雰囲気(彼らは当時まだ団体戦で無敗)とそれに乗ってもし私が勝てばなんて考えてました。阪大戦で燃え尽きて戦闘不能の清の分まで頑張らないと!
気分を高めるためにAdo(ウタ)の「私は最強」を聞いて試合に臨み、仲間を信じて、将棋盤だけに没頭し、無心に戦い抜きました。この件以降、何かに大事な事の前には「私が最強」を必ず聞くようになりました。
結果は1-4で私だけが勝ち。でも、三原と松本にここまで連れていてもらったのだから、試合後は”ありがとう”そんな気持ちでした。
全国大会出場はいつか後輩に達成してもらいたいなと思っています。

さて、これが私の大学将棋部4年間です。
最後になりますが、ブログの中で私は「"ちはやふる"ような想いを込めた団体戦がしたい!」と希望を抱いて将棋部に入部したと書いていましたね。
その希望は第二代表決定戦2戦目の京都大学戦で叶ったと確信しました!
理由は全国大会出場への熱望、そしてとんでもない強敵を相手にしても勝ちたいという思いが相手への恐怖を上回り、仲間を信じて、将棋盤だけに没頭し、戦い抜いたこと。
”ちはやふる”でこのような好きな名言があります。
「団体戦は個人戦 札と向き合え 仲間を信じて一人になれ」
私は4年間でその一局だけですが、団体戦で仲間を信じて一人になる事が出来ました。
その他の対局では100%の警戒心で読み進めることができず、ほんの少し相手の読みへの尊敬が欠けてしまったり、相手が怖かったり、何か違うことを考えてしまってたかな?

最後は深夜テンションで書きながら、自己満足的になってしまいましたが、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
また、どこかでお会いしましょう!

一軍戦振り返り

こんにちは。二年の三原です。また放置していてすみません。
今回は秋季一軍戦の振り返りを行いたいと思います。
まず前回のブログから今回の一軍戦までの軽い振り返りから。
・西日本個人戦 優勝を目指していましたが、7月8月と続けて全く将棋できていなくてベスト8で優勝者の山田君に負け、二時間以上続いた大熱戦で全体を通してみれば良かった局面が多かっただけにへこみました。

・西日本団体戦 個人成績5-1 二日前の個人戦で負けた山田君に快勝したのですが『勝てるなら個人で勝ちたかったなぁ』と逆に落ち込みましたね…あと名大の津田君に受けきれると思った攻めをつなげられて負けました。このころの将棋を振り返ると甘い部分が多くて目をそむけたくなります。

・清流戦 『清流戦とはなんぞや?』 A『2年生の新人戦』
めっちゃ簡単に書くとこんな感じです。この時期は去年徳永君に取られた新人王を奪い返すぞ!と意気込んでいました。寝ても覚めても三間飛車対策を考える日々でした。振り返ると予選一局目の京大中田君と二時間近い大激戦、トナメ一回戦の阪大高野君にもぎりぎりの綱渡りの将棋、トナメ2回戦の角谷君との将棋は時間攻め以外の勝ち筋がないほど追い込まれていました。決勝は優勢をきめきれなくて逆転されたところを秒読みの神様に助けられました。優勝は成長を感じることができて喜びもひとしおでした。(新人戦の大原ー松本と大原ー山田がすさまじかったのを覚えています。)

・秋個人 15分の1を引くってあるんですね。楠本君は春個人でも同じ組(その時は不戦勝)でまさか当たらんだろ、と思っていたら清流戦の会場で古藤さんに死刑を宣告されました。
内容は当時から指し始めた形を手探りで進め作戦勝ち模様➡大捌きを食らい劣勢➡相手が安全志向になったことで勝負形になったがまとめられず負けという流れで棋譜を見ると力不足だったことが分かります。はっきり完敗でした。
楠本君にお灸をすえられた三原は負けて燃えるタイプ(甘えですが)だったのでこの後中学生ぶり(?)ぐらいに将棋第一優先の生活をすることになりました。

一日目第一戦vs立命館
団体戦では全部員が初対決となる関西のボス。僕は抜け番で当日の同志社戦、二日目の関大戦の対策をしていました。チームは0-7でしたが棋譜をみると熱戦もありました。
やっぱり立命館はつよいなぁとのんきに考えていたらほかの二戦で同志社が京大に4-3、関大が阪大に4-3でという波乱が起きていました。

二戦目vs阪大
一戦目の結果を見て何位を目指すべきか方針をきめかねてしまい結果的に中途半端なオーダーになってしまいました。ここでもう少しうまくオーダーを組めていたら最終順位も変わったかもしれません。


相手の秋葉さんは直前に関大の大エースを倒している強豪です。 自分が後手番でした。
序盤からこちらにミスが多く一時はマイナス1000近く悪かったところを持ち直して図の局面。ここで35歩同歩25歩と玉頭で闘ったのが勝ちを呼び込んだと思います。


数手進んで図の局面。ここで34歩が好手で以下42と同香43歩35銀同馬同歩29玉36角47銀打17金で勝ちになりました。チームとしては1-6とつらい結果になりました。これだけ大差になったのは西日本大会で当たった時に負けた組み合わせを2組も当ててしまったからだと思います。二人には申し訳なかったです。

三戦目vs同志社
同志社が京大に勝った以上何としてでも勝ちたい一戦でした。予想が完全に的中したこともありかなり自信の持てるオーダーになりました。
自分は相手のエース大中君との一戦。彼は僕が将棋を始めた当時の小学生名人で勝ちたい相手でした。先手番が自分です。

図はすでに相当先手が指しやすそうです。ここから55歩84飛85歩82飛74歩55歩と進み問題の局面。73歩成でよくなれば話が早いですが以下同桂74歩85桂73歩成77桂成同飛88飛成を気にして73銀と打ちました。しかし88飛成には87飛がぴったりで先手優勢。73銀でも悪いわけではないですが、読みを打ち切るのが一手早かったせいではっきりよくなる変化を逃してしまいました。実戦は73銀以下抑え込みが成功して何とか勝てました。チームは大将と6将をとれたのが大きく6-1で勝つことができました。
この時点で関大、公立大、同志社が1勝でならんでおり、勝ち数は関大と公立大が7勝で同志社は6勝となっていました。勝ち数が同じ場合は前期順位によって順位が決まるので前期順位最下位の公立大としては①京大戦で2勝か3勝②関大戦で最低4勝できれば5勝ほしいという状況です。

二日目第一局京大戦
京大戦は1勝➡マスト、2勝➡及第点、3勝➡大勝利、4勝➡奇跡というイメージです。
オーダーは金尾さんがいなかったら3勝あるんじゃないかなぁと思っていたら7将で出場されていたので2勝取れれば…という当たりでした。
相手は杉本さんでした。棋風的に相性が悪そうだし清流戦の時に感想戦に入っていただいたらめちゃくちゃ手が見えていたので相手のペースになれば一気に持っていかれると思っていました。


なんだこの局面難しすぎる!と頭を抱えていました。
感想戦で話していた『仕掛け後は-200、300ぐらい』というのがソフトと一致していたのはうれしかったです。このあと相手にミスが出てなんとかものにできました。チームは清さんがつながると思えない攻めをつないで勝っていました。恐ろしい。
とりあえず2勝はしましたが前期順位の関係で関大に5勝必要であることが判明…

二日目二局目関大戦
オーダーは大体予想通りでしたが永田さん不在はもちろん読めていなかったです。自分は関大の大エースにして秋季関西学生名人(地区によってはこの名称を使うけど関西では使わないのかな?)の遠藤さんと当たりました。
この将棋は棋譜が思い出せなくてところどころ雰囲気だけあってる別の局面になっているかもしれないです。 自分が先手番です。


先手が三原ですがもう将棋が終わっているように感じます…これを粘りに粘って

ここで35飛46歩55飛で逆転しました。おそらく160から180手ぐらいの大熱戦で強敵に勝てたのは自信になりました。
チームは4567が勝ちの4-3勝、あと1勝足りなくて入れ替え戦という名のサービス残業が始まりました。

入れ替え戦 和歌山大学戦
この対局は今大会で最も反省点が多い将棋です。自分の調子の良さを過信してこれぐらいなら、と指した手がすべてとがめられました。 自分が後手番です。


図は詰みがあると思った局面が全く詰まず取り返しがつかなくなった局面。
85銀は
①97角51金同竜に67銀成88玉78飛同金同銀成以下の詰み(67銀成に同玉とできなくなったのが97角の効果)
②55角には93玉でややこしくなれーー(ソフト曰く97桂、97桂打、86歩以外は先手400点ぐらいに縮まる。もちろん三手とも見えているわけがない)
という狙いでした。相手はすでに秒読みだからミスしてくれるかも…と淡い期待を込めて打ちましたが①の狙いが的中して何とか逆転勝ちできました。チームは7-0で全体的に内容も素晴らしい将棋ばかりでした。自分の将棋が一番ひどくて情けなかったです…

総括
結果的には公立大の当初の目標はやり切った団体戦になったので良かったです。
四年生の偉大さを痛感した大会になったので四年生の穴を埋められるかという不安はありますが、今大会でさらにモチベーションが上がった部員も多いはずなので大丈夫だと思いたいです。
個人としては清流戦優勝、一軍戦全勝と結果が出ている一方で個人戦での予選落ちや集中力を欠いた将棋を指す癖が治っていないところ、不安定さが課題です。今の目標は学名関西代表なので達成できるように半年間将棋漬けの生活をして調子を言い訳にしない棋力を身に着けます。
最後になりますが対局していただいた大学の方々、一軍戦前に交流戦をしてくださった大学の皆様本当にありがとうございました。半年間団体戦や全国大会につながる個人戦がないですが冬休みや春休みに交流戦などできたらうれしいです。

1年間の振り返り(後編)

自称ニートの先輩よりGPAが低い1年松本です。
単位のクラウドファンディングは可能でしょうか。

1年間の振り返りの後編です。
新人戦と秋季一軍戦、二軍戦についてです。

【新人戦】
春季個人戦でボコボコにされて、「個人戦は二度と出るもんか」と思っていたのですが、「1年生だけの大会なら入賞狙えるんちゃうの?」という自称ニートの先輩の悪魔の囁きに負けて、出場することにしました。
結果は3位でした。
僕は関西学生将棋連盟理事長の古藤さんが大好きなのですが、どの将棋も古藤さんが観戦してくれているときに気合いが入りすぎて、攻めの手ばかりを選んでしまったのが形勢を損ねる原因になったと思います。
半分冗談で、負けたのは普通に実力不足ゆえですが、メンタル面の改善は課題として残りました。

【秋季一軍戦】
目標は、第二代表決定戦進出。
ノルマは、チームで2勝3敗以上。
A級での戦いは春よりも厳しくなることが明らかで、春には関与しなかったオーダー作成にも少し関わりました。
どの大学も層が厚くエースもいて、オーダーが刺さってようやく勝負という感じです。
とはいえ、団体戦はほとんど他力で、自力は14分の1しかありません。
気楽にやって、14分の1だけの仕事をしっかり果たせたらいいかなと思いました。

<二回戦 大阪大学戦>
一回戦で、同志社が京大に勝ち、関大が阪大に勝つという波乱が起きて、公立大が降級争いの先頭を走ることになってしまいました。
ここからは1勝でも多く勝つ方針に切り替え、三原くんとともに出陣。
僕が当たったのは西日本大会で負けた因縁の相手でした。
戦型は僕の先手腰掛け左美濃vs橋口さんの後手三間に。

上の図は3三の飛車が△3六飛と走ってきた局面。
ここで▲4四角成と取れると思っていたのですが、△3九飛成が飛車金両取りなのをうっかりして青ざめました。
あほすぎる。
敗勢かと思っていたのですが意外と評価値は互角で、泣きながら辛抱していたら相手のミスがあり必勝形になっていました。
下の図は3二の金を▲3三金と引いた局面。
ここは勝ちだと思っていたのですが…

ここからノータイムで△5一角と打たれて痺れました。
こちらが数手前に攻めを間違えたらしく、相手はこの手を狙っていたようです。
攻めが見えなくなり、読みの力の違いを実感。
最終盤でも一瞬再逆転してこちらに勝ちがあったのですが、気づけず負けてしまいました。
同じ相手に連敗するのはこたえますね。
チームに申し訳ないです。

<三回戦 同志社大学戦>
ここで負けるといよいよ取り返しがつかなくなるので、気合いを入れ直して臨みました。
相手は松本さん。
同じ名字、同じ大学2番手(たぶん)。
なんか色々意識してしまって、嬉しくもあり嫌でもあるマッチアップでした。
戦型は、松本の先手雁木vs松本さんの後手矢倉になりました。

上の図は相手が△6四歩と突いてきたところ。
5筋の位が欲張りで、なんとか逆用できないかなと思っていました。
実戦は7分考えて▲4八金。
次に絶対仕掛けてやるぞという手です。
「それなら最初から▲4八金と上がっておけよ」と思いますよね。
わかります。
僕もそう思いました。
実際この手は全然良い手ではないし、その前の▲5八金も代えて▲4八金が最善っぽいのですが、「じっくり時間を使ってこういう手を指せるようになって、大人になったねえ」と対局中は自画自賛していました。
以下△4四歩にも予定通り▲4五歩と仕掛けて下の図。

▲1三歩と打ったところですが、△5四角と打たれて飛び上がりました。
▲7六歩と打つつもりが、持ち駒に歩がない。
盗難届を出そうかと思いましたが、直前に自分が使っていたことに気づき愕然としました。
大土下座の▲6九角。
この手が悪手で劣勢になりました。 
代えて▲1五香で互角だったようです。
相手の言いなりになっていたら瞬く間に龍を作られました。

△8七同飛成と突破されたところですが、当然に見えたこの手順が良くなかったようで、こちらが有利になりました。
以下▲5四角から、8筋の守りはほとんど放棄して攻め合いました。

この局面は△4九角と打たれたところで、この角は飛車取りと銀取りの両狙いになっています。
しかし、無視して▲1三香成。
△6七角成〜△8七龍には▲7七金でギリギリ耐えているのがラッキーでした。
以下優勢をキープして下の図。

相手が△6五桂と打ってきたところです。
全く意味がわかりません。
取るとなんとなく怖いし、銀がタダで落ちているので▲6二馬としました。
次の手は△7七桂成。
全く意味がわかりません。
逃げるとなんとなく怖いし、桂馬がタダなので▲同玉と取りました。
次の手は△8七龍。
意味がわかりました。
大ピンチです。

取ると△8八飛▲9六玉△8四桂で相当危ないし、▲6八玉と逃げても△6九飛の筋があってやばい。
大慌てでしたが、▲6八玉でなんとか余していました。
以下は王手龍で龍を取ってから即詰み。
チームも6-1で勝つことができました。

<四回戦 京都大学戦>
61手で負けました。
金尾さん強すぎる。
さすが老益。
出場させてもらってこのザマなので申し訳なかったです。
チームも2-5で負け。

<五回戦 関西大学戦>
最終戦です。
負けたら5位か最下位、勝ったら4位か5位という状況でした。
4位になれば第二代表決定戦進出なので、できるだけ勝ち数を稼いで勝ちたい試合です。
当然自分も負けられません。
戦型は僕の先手雁木vs守安さんの後手右玉に。

相手の仕掛けに反発してガンガン攻めていたら、桂損に始まった駒損が膨れ上がり、気づいたら飛車損していました。
逆わらしべ長者ですね。
敗勢でしたが、「右玉は薄い、右玉は囲いじゃない、右玉は玉頭を攻めたら勝てる…」と思想の強い念仏を唱えながら頑張っていたら逆転勝ちしました。
チームも4-3で勝ち。
対局中は、早々に公立大が2つの対局を落とし、自分の盤面を見たら敗勢、エースの三原くんは苦しそうに唸っていて、隣の部長の八杉さんの盤面を見ても敗勢。
反対隣の山名さんだけは序盤から圧倒して安定感抜群でしたが、チームは完全に負けかと思っていました。
実際は、八杉さんは強敵相手に逆転勝ち、三原くんもエース対決を逆転勝ち。
今大会は三原くんと山名さんが圧倒的な強さでした。
しかし、勝ち数のわずかな差で第二代表決定戦進出はならず、A級残留をかけて入れ替え戦に回ることになりました。

<入れ替え戦 和歌山大学戦>
僕の対局は早々に終わったので、みんなの対局を観戦しました。
みんな強すぎました。
チームは7-0の貫禄勝ち。
今年の最終戦として、内容も結果も理想的な試合になりました。

【秋季二軍戦】
京大の友達2人とチームを組んで、B級に出場しました。
チーム名は「3B政策」。
3人とも血液型がB型なのが名前の由来で、「B級に優勝という名のバグダード鉄道を開通させる」というヤバめの気持ちが込められています。
しかし、大会が始まってから自分の血液型がO型であることがわかりました。
大会結果は9勝2敗で3位。
3Bでもなければ、優勝もできず、チーム名が体をなさなくなってしまいました。
個人成績は10勝1敗。
2日目の1局目に負けてしまい、優勝と個人全勝を逃しました。
油断していたわけでもないので実力不足です。
「なんで松本くんがB級で出てるねん」というありがたいお言葉をたくさんいただいたのですが、僕より強い人もたくさんB級にいたし、なにより全勝を逃したので今回は許してください。
確実に過大評価ですが、嬉しいので訂正はしません。

【1年間のまとめ】
先輩に恵まれました。
みんな強くて優しかったです。
B級優勝、西日本大会出場、A級残留。
良い思い出がたくさんできました。
他大の友達もたくさんできて嬉しかったです。
また文章がダメになってきたのでこの辺で終わりにします。
読んでくださりありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

1年間の振り返り(前編)

初めまして、筋トレ5級の1年松本です。
1年間の振り返りをします。

入学前は将棋部に入るつもりはなかったのですが、高校時代からの友人にして我が部の大エース三原くんから熱烈な勧誘を受け、「まあ、そんなに俺が団体戦に必要なら入ってやらんこともないか」と内心ニヤニヤ、顔もニヤニヤで入部を決めました。

【春季個人戦】
大学最初の大会は春季個人戦。
予選2局目は京大水原さんの先手四間vs僕の後手ミレニアム。
投了図だけ載せておきます。

ボコボコにされました。
悔しかったですが、大学将棋のレベルを実感できて勉強になりました。

【春季一軍戦】
その後すぐに団体戦のメンバーを決める部内リーグが始まりました。
結果は4勝4敗。
先輩方が強すぎる。
なかでも、相居飛車で右金を繰り出されて、そのまま押しつぶされた将棋は意味が分からなかったです。
「今の俺チームにとって必要ないやん…」とやる気が出てきました。
ネガティブなのかポジティブなのかよくわかりませんね。

迎えた春季一軍戦。
公立大はB級。
目標はA級昇級と西日本大会出場。

<一回戦 和歌山大学戦>
絶対に負けられない第1局、相手の秋山さんは先手矢倉、僕は後手で陽動振り飛車をして下の図。

作戦負け…
評価値はマイナス500点くらいです。 
自分の悪い癖が出ました。
5手目▲7七銀に対し、「矢倉苦手やし飛車振るか、他大の偵察を困らせられるしちょうどいいやろ」と四間飛車に振り、「4筋の歩交換もしたいし石田流も組みたいな、両方やるか」と△4六歩〜△3五歩と指したら、全部咎められこの有様。
団体戦初対局ということもあり心臓がバックバクになりましたが、なんとか逆転して1局目を終えました。
さすがに大反省して心を入れ替えたつもりだったのですが、またしくじります。

<四回戦 神戸大学戦>
僕の先手腰掛け銀冠vs錦織さんの後手三間。

相手が△6五桂〜△4五歩と開戦してきたのに対し、こちらが▲3三角成〜▲6六角として上の図。
なんとこの局面、先手の800点マイナスです。
ここから仮に△4六歩▲3三角成△4七歩成と進むと下の図になり、

以下▲4二馬△同銀▲4七銀は△5五角で王手飛車ですし、放っておいても△5七とが激痛なので指す手がありません。
こちらの▲3三角成〜▲6六角が最悪の手順で、代えて▲2四歩〜▲3七桂が一例で互角のようです。
本譜は違う手順に進み先手の勝ちになりました。
対局中の僕はこんな変化はつゆ知らず、▲6六角までほとんどノータイムで自信満々だったので、局後振り返ってとても情けなくなりました。

なんやかんやで、出場した4局は全て勝ちました。
チームも5戦全勝。
やはりチームメイトが強すぎます。
特に佐敷さんと平杉さんが強敵相手に大熱戦でかっこよかったです。
三原くんはオーダー作成も合わせて圧倒的MVPですね。
B級優勝、A級昇級と同時に、第二代表決定戦進出も決まりました。

<第二代表決定戦 一回戦 大阪大学戦>
第二代表決定戦は、「全国は無理だとしても西日本は行けたらいいね〜」の感じで、初戦の阪大戦の勝ち負けはあまりこだわっていませんでした。
胸を借りるつもりで対局開始。
僕の先手ミレニアムvs笠原さんの後手四間の出だしから、相手が石田流に組み替えてきました。

上の図は中盤戦。
こちらは端を詰めていることと僅かに駒得していることが主張です。
相手のと金と2枚の角が強力なので、手番を活かしてうまく受けなければいけません。
実戦は▲5五桂と打ちました。
以下△6八角成▲同金△5七銀▲7八金△5八と▲8五桂△6八と▲7七金△5五角▲同歩△6五桂▲8六金が読み筋で、本譜もこのように進みました。

ここで後手に良い手が無く先手良しという読みだったのですが、ここでは△6七とがありますね。
全く見えていませんでした。
4枚の攻めは切れないという格言通りで互角です。
実戦は上の図から△7七桂成だったので3枚の攻めになり優勢になりました。
以下は危なげなく勝ち切りました、と言いたいところですが、最終盤で大失敗をしてしまいます。

ここでは、▲9三歩成や▲9三銀(角)から端で清算すれば詰みがあります。
対局中もほとんど読み切れていたはずなのですが、何を血迷ったのか端で全部バラさずに途中で7三金と突っ込んでしまいました。
当然上部に玉が逃げ出されて大パニック。
あほすぎる。
この対局は秒読みの60秒が異様に短く感じました。
下の図は▲7三銀と王手をかけた局面。
△5五玉と△6五玉、どちらが正着でしょうか。

△6五玉が正着らしいです。
これで後手玉は詰みません。
実戦は△5五玉だったので、以下▲6六銀△5六玉▲3六龍で詰みとなり再逆転しました。
九死に一生を得た阪大戦、なんとチームも3-2で勝ちでした。
先輩の清さんが強すぎました。
チームメイトと大はしゃぎでした。

<第二代表決定戦 二回戦 京都大学戦>
2回戦は京都大学。
ワンチャン勝って全国に行けないかなあとふわふわした気持ちで対局が始まりました。
相手は大久保さん。

角換わりの将棋で、先手の僕はここから▲4五歩△同歩▲3五歩と仕掛けていきました。
なんとか攻めを繋いで下の図。

▲3四歩の垂らしに△同銀と取られたところです。
手の流れ的に▲4四金しかないのですが、▲2四飛としてしまい一手バッタリ。
△2三金と打たれて受け切られて負けてしまいました。
上の図ではすでに攻めが頓挫していると思っており、勝負手気味に▲2四飛と指したのですが、実際は▲4四金でこちらが優勢でした。
形勢判断ができていなかったですね。
チームも1-4で負け。
部長の八杉さんがしっかり1勝していたのはすごかったです。

2戦目は負けはしたものの、最高の結果でした。

【春季二軍戦】
3勝2敗でした。
三原くんと当たって大優勢になったのですが、そこから相手のノータイム指しが始まり一瞬で逆転されました。
エース強し。

【西日本団体戦】
楽しかったです。
タダでホテルに泊まれて嬉しかったです。
夜遅くまでみんなで対局したり雑談したりして楽しかったです。
「真の大阪大学はウチだ」とか「大阪大学絶対倒す大学」とか1人で言っていたのですが、しっかりリベンジされて悲しかったです。
特に自分の対局は将棋にならないくらいボコボコにされました。
みんなで神戸観光もできて良い思い出になりました。

文章がダメになってきたので、残りは後編に回そうと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
続きもよろしくお願いします。

一軍戦振り返り

はじめまして、二年経済学部のM原です。長い間このブログの更新を忘れていましたが、今後は定期的に更新したいと思っています。
今回の一軍戦では大学としては全勝A級昇級、個人としては昨季に続く二季連続の全勝を目標にしていました。対局した順に振り返っていこうと思います。
今回は書きたいことをすべて書こうとしてしまったせいで冗長で読んでいて退屈な文章になっていると思います。すみません。
一日目
一戦目和歌山大学戦 7-0
相手の三間飛車に用意の持久戦を試しました。相手から早めに動いてこられたのですが、事前に研究していた形と似ていたため対応することができて勝つことができました。チームとしても7勝できるとは全く思っていなかったので望外の結果でした。今回の団体戦のターニングポイントの一つはこの7-0だったと思います。

二戦目大阪経済大戦 5―2
二戦目の大経大戦はオーダーが重要になる対局でした。というのも経済大のエース格三人は全員A級レベルの強豪でこのうちの誰かを倒さないと3-4負けがありえたからです。運命のオーダー発表で私は予想していた相手と当たることができたので、ひとまずオーダーの事故は防げたとホッとしていました。
相手の先手中飛車にこちらが超速で構えた図の局面が用意していた対策でした。この戦型の中飛車側を部内リーグ戦で経験していたので、落ち着いた状態で指すことができました。


ここから数手進んで図の局面が本局の分岐点となりました。


ここで77成銀73歩成86飛77桂の進行ではのちの15歩が気になるので居飛車がまずそうです。ここで65桂が狙っていた手で以下同歩77成銀同桂75角と進み優勢を意識しました。65桂のおかげで75角がよくきいています。以下58飛86飛88歩68成銀56飛同飛同金58成銀と進み、相手の粘りに苦しみながらも勝ちきることができました。チームとしては5勝2敗で勝つことができましたが、大経大はやる気に満ち溢れた部員が多く来年、再来年とさらに脅威になると痛感しました。

三戦目 龍谷戦 4-3
龍谷戦は特に厳しい戦いになると思っており、オーダーを考えていた時からどう計算しても4-3以外では勝てないと思っていました。実際のオーダーは意表を突かれ私は絶対に落とせない対局でした。相手の無理気味にも見える仕掛けから迎えた図では優勢を意識していましたが次の手が負けたら敗着といえるほどひどい手でした。


私が指したのは51桂打でした。この手は飛車による王手を防ぎつつ相手に手を渡して対応を見る狙いでした。しかし局後にソフトにかけてみるとここで53と同金33歩同角45桂があるようです。残り時間15分弱でこの攻めを振りほどくのは至難の業なので実戦的には後手が勝ちづらい将棋だと思います。実戦は61飛だったので66桂から勝つことができました。
チームは4-3で辛勝でした。
これにより一日目の全勝が確定しA級昇級が見えてきました。


二日目神戸大戦 4-3
二日目第1局は強敵の神戸大学でした。オーダーの狙いとしては上3人で2勝以上、下4人で2勝をノルマだと考えていました。一番可能性があると思っていたオーダーではS君と当たると思っていましたが予想が外れてN君でした。序盤がとてもうまいという認識があったので力戦調になりやすい角交換振り飛車を採用しました。

図では相手の75歩を予想していて実際にそう指されました。数手前の時点でこの手しかないだろうと思ってこの局面に誘導したのですが、ここでは94歩と手渡しされると先手に指したい手がなく優勢ながらはっきりとはしていない形勢だったようです。ここはもう少し時間を投入するべきだったと反省しています。この将棋をなんとか勝ち切りチームも4-3で神戸大学に勝利、京都産業大学との対局は7-0を保証されていたためこの時点で大阪公立大学のA昇級が決まりました。団体戦開催前に掲げていた個人目標も団体目標も達成することができてひとまずほっとしていました。

第二代表決定戦
第二代表決定戦の初戦の相手は大阪大学でした。ここ5年ほどの関西の三強は間違いなく立命館、京大、阪大だと思っています。強敵ではありますが5人団体戦なら少しは勝ち目があると思っていました。
迎えた阪大戦、用意の戦法が使えそうになかったので角交換振り飛車を採用しました。

図の局面では66桂を読んでいました。以下26桂65銀34桂31玉67金で攻めが刺さっているので優勢という読みでした。しかし以下45銀から桂を外されて難解らしく大局観が良くなかったです。
実戦は66桂に代えて77角成でしたがこれには26桂で一本取っているようです。


数手進んだこの局面で46馬としたのが手堅いように見えた悪手。ここは強く46香とするべきでした。相手の35銀打から玉頭戦模様になり流れが悪くなりました。
実戦は何とか寄せきって勝つことができましたが反省点の多い一局です。

私が終わってしばらくすると二局が負け、二局が勝ち、一局が大混戦という状況でした。
一局目で疲れ切ったのと2-2の残り一局を観戦するのはあまりにも心臓に悪いということで控室に戻りました(こういうときって対局室に残ったほうがいいんだろうか…)しばらくすると三将戦勝利の報が届き安堵したのを覚えています。

京大戦
京大戦のあたりはNさんでした。Nさんは私が将棋を始めた当時から学生トップの強豪であり、大学生の間に絶対に対局したいと思っていた憧れのアマプレイヤーでもありました。
相手の三手目66歩に居飛車も考えましたが、実力差があるからこそ一発狙いで相振り飛車にするべきだという勝負勘が働いて32飛を選択。結果的にここで振り飛車を選んだからこその熱戦だった気がします。
この将棋に関しては書きたいことが山のようにありますがこれ以上分量を増やすわけにはいかないので終盤だけ紹介します。

やはりこの局面がハイライトでしょう。この局面に至るまで数十手の間『三枚の攻め』で食いついており、図ではようやく勝ち切ったと油断していました。ここで74桂に89飛と指されて頭が真っ白になりました。局後にソフトにかけてみると74桂では87馬を先に入れておけばはっきり後手勝ちでした。本譜では中途半端に敵玉方面に働きかけると飛車の効きで83に殺到されて頓死。苦し紛れについた94歩は次善手だったようで代えて57金が勝るようです。
以下攻守逆転した次の図で勝敗が決しました。

絶対に負けないぞと思って打った73金がひどい手で86桂とされて困ってしまいました。その次の62桂がさらにひどい手で94桂からの13手詰め……
勝ちだと思った74桂の局面からたった10手で逆転されました。将棋は最後にミスをしたほうが負けるゲームなんだと改めて痛感しましたね。
負けはしたものの最後のひどい10手以外は、私の人生で五本の指に入る将棋が指せたという満足感がありました。最高の対局相手と全国が決まるかという最高の舞台が用意されていたからこそこんなにいい将棋ができたんだと思います。
チームは1-4で負けでした。自分が勝ち切っていれば2-3だったのに…という後悔は今も残っています。

本当に長い文章になってしまって申し訳ないです!今回はほとんど対局のみの振り返りになりましたが、一軍戦と第二代表決定戦の合計三日間は本当に楽しくて書こうと思えばいくらでも書けてしまうぐらい充実していました!
今回の大会の反省を生かして来季は個人全勝、チームとしてもA級の上位を狙います。また8月に控えた西日本大会にも個人団体ともに出場する予定なのでそちらでも結果を残すため精進します。
最後になりますが対局していただいた大学の皆様本当にありがとうございました!また交流戦や一軍戦で対局できる日を楽しみにしています!

袖飛車党かく引退せり

1年ぶりに一軍戦が開催されました。今年はB級以下はオンライン(将棋道場24)、第2代表決定戦と入れ替え戦は対面という形でした。

今年の市大は超強力な1年生達が戦力に入っており、かなり期待できるチームとなっていました。
しかし、他校も手強く和歌山大学戦、龍谷大学戦は惜しくも勝ちに手が届きませんでした。
残す3戦のどれかで勝たなければ、C級陥落。負けられない中で、11月21日の3連戦に挑むことになりました
(前振り終わり)

(ここから振り返り)
同志社戦
棋力的には1発入れたい相手でした。
相手は78飛車戦法できたので、すかさず74歩と突きます。これが石田流を防ぎつつ、袖飛車をすることが出来る好手。相手は困惑してしまい、考慮時間を削ることに成功します。その後はコマ組に入り、67銀・57金型の袖飛車対策を作られ、自分は64銀型袖飛車+エルモで対抗します。
用意の仕掛けで飛車交換を果たし、相手陣のすきに打ち込むと、見事に鹵獲されました(は?)
2枚飛車に追い立てられる最中、私のネットの接続が切れて負けました。将棋も回線も冴えない内容でした。

関西学院戦
先手をもらい、56歩から先手中飛車に。すると、お相手は34歩から三間飛車にしてきました。相振りの中飛車は不利であること、そして私が根っからの袖飛車党であることが将棋を狂わせました。48銀〜46銀と銀を繰り出し、36歩〜38飛車と袖飛車に繰り替えます。その後は一局目と同様の展開になりますが、相手の悪手(アゲアゲ将棋実況 10秒将棋968参照)を咎め無事勝つことが出来ました。
対局後、淫夢系将棋実況者なのでは無いかとの指摘を受けました。なぜバレたのでしょう?(ヒント:袖飛車)

大阪府大戦
来年から統合するため、実質部内戦です。府大が勝つと府大がA級昇格になり、統合後はA級継続となるので例え負けても落ち込むほことではない、と3回生までの子らはかえって気楽に指せたかもしれません。しかし、これが引退試合となる4回生は血眼で勝ちに行きました。
私はまたも先手を引き、54歩からゴキ中をめざします。しかしお相手は、56歩〜42銀と嬉野流のような出だし。最終戦でこの戦法と当たるのか、と絶望していると、お相手△52飛車。相中飛車も大概です。即潰されないように、互いに牽制しあってミラー指しが続きます。お相手が先に動き、それに切返す形でこちらも動きます。互いに薄い玉形、少ない持ち駒、見えない攻め手と中盤はジリジリした展開に。しかし、何とか相手玉頭で攻め手を繋げることに成功し、最後は押し切り勝ちに成功しました。

個人2勝1敗、団体2勝3敗、全体4位で終了となりました。

大会に向けて相居飛車の時の対策や、新戦法にも手を出しましたが、結局大学生活で1番磨き上げた袖飛車と力戦で大学将棋の花道を添えることが出来ました。感慨深いです。

お世話になった先輩方、ありがとうございました
僕らのノリに付き合ってくれた後輩達、A級目指して頑張って!

最後はこの言葉で絞めたいと思います

キョムッ!

Appendix

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